2018年1月30日火曜日

私のデザインした「ふぐ料理」パンフ紹介。

●金沢駅前・鼓門から徒歩3分
天然とらふぐ料理「金沢茶屋 割烹つづみ」2月1日オープン。

「天然とらふぐ」について。
ふぐといえば下関の「とらふぐ」。冬の味覚というのが通念ですが、日本有数のふぐ漁獲量を誇る石川県では、とらふぐは春が旬。3月〜5月に産卵前の成熟した「天然とらふぐ」が水揚げされます。「割烹つづみ」では、本場・下関(10月〜3月)と地元・能登(3月〜5月)から産地直送で仕入れることで、10月〜5月末まで天然とらふぐをご用意できるのです。
 
追伸:とらふぐは、ふぐ類の中では最も高価で美味で「ふぐの王様」と言われております。中でも天然ものは、高級料理店でしか味わうことができません。鮮度の良いふぐを布で包んで一晩寝かせてから薄造りに致します。
なお、一般の料理店では、養殖ふぐを使うのが多いそうです。

私のデザインした「ふぐ料理」パンフ表面&中面。


ふぐ鍋



ふぐ葱
山口県下関から産地直送の「鴨頭ねぎ」(高等ねぎ・ふぐねぎ)と、
ふぐ名人・島津豊の秘伝ポン酢でお楽しみください。

ふぐ刺し
皿の絵柄が透けて見えるほど薄造りしたふぐの身を、
先端を立たせて盛りつける。一流の技の証明。

北大路魯山人。
篆刻家・画家・陶芸家・書道家・漆芸家・料理家・美食家などの
様々な顔を持っていた北大路魯山人。


ふぐの白子
白子は、オスの精巣。メスの卵巣は食えないが、
この白子はまさに天下の珍味。舌にとろけます。


ふぐのひれ酒
魯山人について。
かの美食家・北大路魯山人が「ふぐの代用になる美食は私の知る限りこの世の中にはない」「河豚食わぬ非常識」とまで談じたふぐ料理。その味わいは、素材のよさと料理人の腕に左右され、魯山人の言を借りれば「無作の作、無味の味」。底知れず調和が取れた時に、無限の展開性を秘めた真実の美味となります。
 
追伸:北大路魯山人の料理メモ 
河豚(ふぐ)
*美食はふぐにとどめを刺す。その証拠にはふぐが出ると他のものは食えぬ。
*ふぐの刺身に優る刺身はない。
*ふぐの身皮(三河)の間の遠江とおとうみというところは皮より美味い。
*ふぐの美味さはすっぽんなどの比でなく、いかなる美食も比べられない。
*下関のふぐには危険なし。
*ふぐには酒、煙草たばこのような一種の止められない普通の味以外の味がある。
   (インターネットの図書館、青空文庫より)





2018年1月23日火曜日

2月1日より“天然とらふぐ会席”を始めます!

私のお正月は「ふぐ料理」で始まり、松の内明けまで続きました。 と言っても「ふぐ料理」広告デザイン製作の話ですが・・・。(笑)

   「鼓の門に “ふく” が来た」


このキャッチフレーズで、加賀屋グループ「金沢茶屋 割烹つづみ」が 2月1日より“天然とらふぐ会席”を始めます! その広告制作の為、正月返上で連日デザイン漬けの日々でした。
今日、第1弾の全5段オープン広告が北國新聞朝刊に掲載。 その他、パンフレット・DM・雑誌広告・メニュー等々 全てがUP。 私のデザインミッションもこれで無事終了。
後は、お店が繁盛されますよう祈るばかりです・・・。

1月23日、北國新聞朝刊に掲載された第1弾の全5段新聞広告。

本場・下関から産地直送で仕入れられる天然とらふぐ。

皿の絵柄が透けて見えるほど薄造りしたふぐの身を、
先端を立たせて盛りつける。一流の技の証明。

かつて築地にあった名店の誉れ高いふぐ専門店「ふく源」で
包丁をにぎり、ふぐ職人として三十年以上の経験を積んだ
ふぐ名人・島津豊が腕を振るいます。

加賀屋グループ「金沢茶屋 割烹つづみ」の玄関。




2018年1月2日火曜日

新年のご挨拶。

あけましておめでとうございます。

新しい年 2018年の幕開けです。
数年前迄は、いろいろ新しい希望や目標をたて、誓ったものですが
子供達も夫々成長し、独立し、家庭を持った最近は、
唯これ無事で穏やかに1年過ごせたら・・・と願うばかりになりました。
もう 賞味期限過ぎ状態なのかぁ〜と思ったりします。(苦笑)

でも、社会的な理想は、失っていません。
S・ウルマンの「青春」と云う詩にこんな言葉があります。
「年を重ねただけで、人は老いない。理想を失う時、初めて老いる」と。

   「子供達 帰り静かな 二日かな」  呂 修


個人用年賀状


会社用年賀状





2017年12月31日日曜日

この一年のお礼!

2017年も今日で終わり・・・。

昨日から年末休暇のはずが、今年は 珍しく年末年始へかけて新しいプロジェクトが始まり、休暇返上 涙のお正月になりそうです。今日も会社へ出勤の年末です。(苦笑)
この1年、皆様のご支援に心から感謝申し上げます。
2018年も、どうぞよろしくお願いいたします。

個人用の挨拶状

会社用挨拶状




2017年12月26日火曜日

「県内10大ニュース」5番目に「ひゃくまん穀」が!

12月24日、北國新聞「県内10大ニュース」5番目に「ひゃくまん穀」が選ばれてました!

私がデザインしたシンボルも「梅鉢紋をあしらったロゴマーク入りの赤い袋に詰められ・・・」と説明入で紹介されており大満足。(笑)
そう云えばTV-CF もナレーションが「ひゃくまん穀で百満足」でしたね!








2017年12月4日月曜日

金沢販売士協会でデザイン講話。

12月2日、金沢販売士協会 例会に呼ばれてのデザイン講話。
私の58年間のデザイン今昔を、和倉温泉・加賀屋「雪月花」デザイン中心に、最近デザインした「ひゃくまん穀」シンボルマーク等を話しました。
お役に立ったかどうか分かりませんが、講話後の懇親会でご馳走になったお刺身の
美味しかったこと! 堪能しました!(笑)

金沢販売士協会 会長の石井氏 ( KCG カナザワコンサルティンググループ) と。

和倉温泉・加賀屋「雪月花」ポスター。

石川のお米「ひゃくまん穀」ポスター。



2017年11月23日木曜日

中国・西安旅行記ー4日目(最終日)

今日は「西安市内観光」へ。
玄宗と楊貴妃ゆかりの「興慶宮公園」〜  空海ゆかりの「青龍寺」〜  城塞都市 西安の「西の城門・城壁」〜  最後に広大な「大明宮遺跡」までのコース。そして 旅行の最終日。

1:「興慶宮公園」
興慶宮公園は、唐の玄宗皇帝の離宮・興慶宮があった場所で遺跡に基づいて復原した文化遺跡の公園。敷地面積は52万ヘクタール。園内には 花が多く牡丹の名所で知られ、唐玄宗と楊貴妃がよく遊んだと言われる「沈香亭」があります。唐玄宗も色々な牡丹を植えたそうです。
玄宗と楊貴妃は、ここで享楽にふけり、文人 李白を呼んで歌を詠ませ、芝居をさせた。李白はこう詠んだ「名花 傾国 ふたつながら相歓ぶ、常に君王の笑いを帯びて看るを得たり、解釈す春風無限の恨み、沈香亭北 欄干に倚る」 (名花と傾国の美女は 互いに照り映え これを君主は満悦至極にみつめている 沈香亭の欄干によりかかって名花と美人をめでていると 春の愁いや恨み言など跡形もなく消えてしまうのだ)・・・そして 国は傾いていった。
日本の遣唐使・藤原清河と留学生・阿培仲麻呂もここを訪れた。園内には「阿倍仲麻呂」の記念碑が建つ。阿培仲麻呂は、遣唐使として来唐。その後、役人として仕え、とうとう日本に帰国出来なかったそうです。
唐玄宗と楊貴妃がよく遊んだと言われる瑠璃瓦の「沈香亭」。

公園内で水で漢詩を書く老人。毎朝 来て書いているそうです。

「阿倍仲麻呂」の記念碑。

2:「青龍寺」
青龍寺は、真言宗の開祖・弘法大師空海が遣唐使として留学中、師匠の恵果阿闍梨から仏教を学んだお寺。空海 弘法大師は 遣唐船で中国へ渡り、2年間で仏教の全てを習得。帰国して高野山で天台宗を開いた。青龍寺は、その原点の場所。
日本からの寄贈で「空海記念碑」「恵果・空海記念堂」が建つ。日本の四国四県から贈られた桜の木が沢山あり、春には多くの市民が訪れるそうです。また、四国八十八カ所巡りの「0番札所」という事も初めて知りました。元首相 管直人氏の記帳もありました。

青龍寺入場券。

日本から寄贈の「空海記念碑」。

頂いた御朱印帳。

空海の書跡。

四国八十八カ所巡りの「0番札所」の説明。


3:「西の城門・城壁」
安定門は、創建当時 城壁中最大の門。シルクロードの発着点であった為、城壁内で最も重要な城門だった。門は二重になっており、その間の広場は高い壁に囲まれている。当時 唐の都・長安は人口100万人の世界最大の都市。その広大な城壁に歴史ロマンが積み重なっていた。
西安古城壁は、完全に保存されている世界最大の古代城壁。また、世界で最も整った古代の軍事砦として有名。 城壁は、唐の長安城を基礎に明の洪武年間(1370年~1378年)にかけてレンガを積み重ねて築かれた。 城壁は、周囲13912メートル、高さ12メートル、底の幅18メートル、頂部の広さ15メートル。 厚さが高さより大きい堅固な城壁。一周が14km。城壁の上には、レンタサイクルがありましたが、自転車で廻っても2時間は掛かると言われ諦めた。(笑)
城壁内で最も重要な「安定門」。

城壁の上。こんなに長く広い道になっていて驚く。


城内のいたる所で結婚する新郎新婦が前撮りしてました。


4:「大明宮遺跡」
大明宮遺跡は紀元634年に建てられ、唐高宗から唐代歴代の皇帝がここに住んで国政事務を処理し、200年余り唐の政治・文化の中心地となった処。
2010年、西安大明宮国家遺跡公園として開園。敷地面積は、3.5平方キロメートル。広さは有名なニューヨーク中央公園とほぼ同じ。西安市における最大の中央公園です。
現在、大明宮遺跡の発掘面積は1%。予想では、大明宮遺跡の発掘は少なくとも200年間も掛かるそうです。
正南門にあたる丹鳳門が復元されており、内部は博物館。

大明宮の正殿にあたる含元殿遺址は、有料エリア。
とにかく広く丹鳳門から有料エリアの入口まで歩くだけでも10分以上掛かります。


さあ、今日で全ての観光スケジュールが終わった。
午後10時頃、西安空港を発ち大連へ。真夜中に大連のホテル着。
そして、朝6時ホテル出発、帰国の途へ。
老体には、殺人スケジュールに見える。(苦笑)
でも、自分の好奇心が駆り立てた西安の旅。色々中国の風土にチカラを貰った。
ありがとう中国!!!